20171208

ひこちゅうのだし




 これですね。「ど〜んど〜ん。どんどんどん。」」直線コースにゆっくりと太鼓を叩き、左折右折の曲がるときは「どんどんどこどんどんどん、どんどんどこどんどんどん」のリズムでかなりの速さで曲がりきるまで太鼓を連打します。この山車はいつ頃でしょうかね?今頃でしょうか?いや10月初旬は運動会で忙しかったし、人出が少なくなる農繁期前のことでしょうかね?ひこうちゅう山車は赤い布団が4-5段乗っています。下から上にむかって段々大きな座布団が乗っかってました。それに笹とか提灯をぶら下げてますね。写真では見づらいのですが、本体にタイヤが付いて紐でみんなで引っ張るタイプですね。この布団乗せは関西・九州では多いタイプで、ゆっくり、ゆっくり練り歩くのですね。でもね実はこの山車は真ん中に太鼓が埋め込まれて入れ、なおかつ、かなり狭いスペースに2人向入って向かい合って太鼓を叩きます。先ほどの2つのリズムパターンを覚えていればバッチシ、角を曲がるときの連打はかなりのリズム感とドラマテクニック要しますが、でも心配はいりませんマスターするために子供会で集まって特訓をしますから・・・・
 ・・・・当日は、自分の部落に近づいて来ると、その部落の子が叩くのですね。5-6年生でしたっけ?たぶんそれまでは叩けません。それもその時代は男子のみ。女子は御輿の後ろを歩くだけでした、今ではかなり大問題にってしまいそうですね。当時の同級生男子は11-3人しかいなかったので、特に札場部落は私ととっさんだけなので競争率が低いのでゆっくりと叩けるってわけです。確か土曜日の1時頃から始まって日の沈みかかる午後4時まで続きます。ご褒美にイチゴジャムの挟まった三角サンドイッチのようなものと、コーヒー牛乳が出たように思いますね。これはたぶん天神社の行事だと思うのですが、そういう肝心な所は教わっていない、今から思うと皆の言う「ゆる〜い山車」と言うとことになるのでしょう。まるで私のブログのよう。そう。ひこちゅうはかなり「ゆる〜い」が根底にあるのかもしれない。とにかく土曜日の子供山車はつつがなく終わり、そして日曜日(以降以前のブログでも書きましたが)。様子は一変してこの数倍する御輿を5-6人で担いで居るんですね。これが大人御輿。江戸の人はいっぱいの人でちっちゃい御輿を担ぐが、ひこちゅうは大きな御輿を少人数で担ぎます。乗っかっているのが座布団とはいえ重いと思いましたよ。本当に担いでいるって感じでした。第一次産業で鍛えた体は、江戸の人とはやっぱりちがいますね。こっちのほうが男だと思います。でも大人御輿にギャラリーはいません。みなさん興味ないみたいですね。というか?担ぎ手がみんな白塗り、口紅を塗って、それぞれどこから持ってきたのかわからない派手な着物を着て担ぎます。子供心にかなり怖い思いがしましたね。寺山修司の映画ようでもありました。当然しらふでやっているいるわけもなくフラフラですね。よく田圃のあぜ道に御輿をぶん投げて、着物白塗りが寝ている姿を見たものです。続いていればNHK衛星の「生ライブ。日本の祭り」に放送されたことでしょうね。ちがうかっ!とにかくその大人御輿に参加したことのある「のんさんパパ」の話を聞いてみたいものだ。
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2009-10-12 14:00:24

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神輿の座布団が記憶では陰陽五行説色と思っていたが
赤い座布団に黒い帯のみだったのね。
笹を四方につけ、提灯をぶら下げ。
このブログでは初めての自前昔写真。

2017/1208/15:00

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